まずはなんと言っても安土城ですね。凄いところです。信長ファンなら必ず訪れるべき場所ですね~。
安土城のある安土山。小高い山です。南側から見ています。そんなに大きな山ではありません。
東西に少し稜線が広がっています。写真は東側。
西側に広がる稜線
特別史跡、安土城跡
案内板。
山に近づいていくと、早速立派な石垣。
安土城の正面真ん中を貫いている「大手道」の案内板。
詳しく、親切に書かれています。
そして、どーん!と、安土城のシンボル?ともいえる「大手道」凄いです。圧倒されます。敵からの防御が城の目的とするのならば、この大手道はありえませんよね。信長の自信がビシビシと伝わってきます。
丁寧に造られているのが良く分かります。物凄い。
ずっと、真っ直ぐ、見事に続いています。
有名な話し?なのかも知れませんが、私には事前知識がなかったので、これには本当に驚きました。安土城の石垣などには、すぐ近くの観音寺城に使われていた石を流用したということですが、大急ぎの工事だったからか?またはドサクサにまぎれてなのか?・・・それにしても、大手道のど真ん中に、わざと人が踏むところに、こういった石が使われているんですよね(汗)。まさに、神仏などなにするものぞ!という信長の意思が垣間見られる・・・といったところですよね。シビレます。
要所要所に、丁寧に案内板が置かれています。伝前田利家邸跡。だそうです。前田利家の家がここにあったのか~・・・と思うと、感慨もひとしおです。
見事な石垣ですね。
伝前田利家邸虎口。すごい・・・。
羽柴秀吉邸跡。凄すぎる。
戦国期も最後期ですから、石垣が本当に見事ですね~。
羽柴秀吉邸跡について、詳しく案内されています。ありがたい。
まだまだ大手道は続きます。
大手道のど真ん中(人が踏むところ)に躊躇無く、石仏の石が使われています(汗)
大手道の上に方に来ると、すこしカーブしているところがあります。
大手道の上の方ですね~。山の傾斜がきつくなってきますので、そのために若干ジグザグしてますね~。
村井夕庵邸跡。村井夕庵って、名前は聞くけど、祐筆?あんまり派手な活躍もない人かと思うけど、随分いい場所(羽柴秀吉や前田利家よりも”上”に位置する場所)に屋敷を持っていたんだな~・・・と思ったら、なるほど納得(↓下記参照)
1581年当時、70歳余り・・・ということですから、信長より20歳以上年上な訳で・・・なるほど、親子ほども年下の信長に対して、きっと腹をくくって接していて、覚悟の上で諫言をしていたんだろうな~・・・と思うと「信長からの信頼が厚かった」というのも頷ける。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/12/21 06:48 UTC 版)
■生涯
はじめ、美濃国を治めた美濃土岐氏、斎藤氏に仕え、弘治元年(1555年)に日根野弘就と共に斎藤義龍に讒言して義龍の異母弟である孫四郎、喜平次兄弟を除くように教唆した[1]。斎藤氏の滅亡後は織田氏に仕える。織田信長の右筆となり、内政をはじめ武田信玄や毛利氏との友好関係のため小早川隆景、吉川元春らとの折衝にあたるなどの外交面でも活躍した。
天正3年(1575年)、二位法印に叙任する。信長からの信頼は厚かったとみられ、天正7年(1579年)、安土城が築城された際に、夕庵の邸宅は森成利、津田信澄、織田信忠に次ぐ場所に建設されている。また、天正6年(1578年)元旦の安土城での茶会において、織田信忠に次ぐ席次であったと伝わる(『信長公記』)。
天正9年(1581年)の京都御馬揃えに参加した時は70余歳であったという。天正13年(1585年)頃までの存命が『言経卿記』などで確認できるが、その後の消息は不明。
■逸話
・元亀2年(1571年)の比叡山焼き討ちを信長が行おうとした際に、佐久間信盛とともに、これを諌めている(『甫庵信長記』)。
・天正4年(1576年)頃、越前・加賀で一向門徒衆を撫で斬りにした信長に対して諫言した(同上)。
・天正6年(1578年)10月、茶道に力を入れ過ぎると武道が疎かになると信長に諫言した(『当代記』)。
・年代不明だが、戦いに明け暮れて家中で礼儀が疎かになったので、家中の礼法をただすように信長に諫言した(『武家事紀』)。
他にも信長に諫言をしたというエピソードが複数伝わる。
織田信忠邸跡。いわずと知れた信長の長男、織田信忠の屋敷あとですね~。さすがにいいところに建ってたんですね~。
織田信澄邸跡。森蘭丸邸跡。
いよいよ本丸が近づいてきます。
本丸・天主についても、丁寧に案内板が設置されています。
これ、すごいですよね~。「仏足石」というそうです。何気なく、ポンと置かれています。
いよいよ天守台に登っていきます。
礎石が見事に残っています。
ある意味、こんなにもイジられていないのか?!というくらい、キレイに残っています。
天守についての案内板。